2005年03月27日

プロ奴隷というネーミング

まずはプロ奴隷の一般的な定義を押さえておく。
ついでにこの語の由来となるプロ市民の市民についても見ておく。市民と奴隷が対立概念となっているのは古代ギリシア・ローマのことであろうか。奴隷には、所有物という側面と労働階級という側面があると思われる。

さて、プロ市民とプロ奴隷について語源を探るサイトがあるのだが、これによると
プロ市民【ぷろしみん】[名](ニュース系・社会系の各板)
「市民運動家」のこと。
本来、「市民運動」とは政治のアマチュアである一般住民によって為される行為である。しかし世の中には、市民運動を主催・指導することを生活の基盤としている人がいる。そのような「運動家」は、「批判のための批判」をしたり、自分の居住地とは関係のない地域で市民運動を主催したりする。
「プロ市民」という呼称は、このような本末転倒した運動家に対する皮肉として用いられる。


これをテンプレートにプロ奴隷を定義してみる

「奴隷運動家」のこと。
本来、「奴隷運動」とは政治に参加できない、市民権を持たない奴隷ゆえに市民活動が為されないことである。しかし世の中には、市民活動を放棄、隷属することを生活の基盤にしている人がいる。そのような「運動家」は、「隷属のための隷属」をしたり、自分の市民権とは関係ない相手に市民権の放棄を強いたりする。
「プロ奴隷」という呼称は、このような本末転倒?した運動家に対する皮肉?として用いられる。


…どうもしっくりこない。
まず、プロ市民という非難は、本来アマチュアとして、対価を得ないで行われる市民運動を対価を得て労働として行うことが、結果として市民運動を歪める場合があるから言われ始めた。
この場合のプロはそれで収入を得る、そのことを労働としているという意味で用いられている。プロフェッショナルと同時にプロレタリアートのダブルミーニングであるということだ。

ではプロ奴隷と称される人々は一体その活動でどうやって収入を得ているのであろうか。しかも隷属という概念は既に労働という概念を半分くらいは含んでいるはずである。

ここで私は、プロ市民との対立概念としてはむしろアマ奴隷とでも呼ぶべきなのではないかと思う。それで定義すると

「奴隷運動家」のこと。
本来「市民活動」とは市民権をもたず労働のプロである奴隷には為されない行為である。しかし世の中には自ら好んで市民権を放棄し、対価も無いのに隷属したがる人が居る。そのような「運動家」は、「批判のための批判」をしたり、自分とは関係ない人の市民運動を妨害したりする。
「アマ奴隷」という呼称は、このような奴隷志願者への皮肉として用いられる。


いくぶんマシになったのではなかろうか?

プロ市民とは「右向け左」という滑稽さであるが、プロ奴隷では「右向け右」という普通の呼称になってしまっているのではなかろうか。「左向け右」とするためにはアマ奴隷の方がしっくりくると思うのだがどうだろうか。
posted by князь Мышкин at 01:32| ブリスベン ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | トラックバック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かに奴隷的な環境にある人が
他人にその奴隷的精神性を強要することはありますね
Posted by 七誌 at 2007年10月25日 06:54
いわゆる「プロ市民」は本業を持ってます。活動は余暇を使うんです(ミーティングや集会は夕方から夜にかけてです)。
活動で生計立てたりはしませんし出来ません。そういうのは議員や弁護士のやる事です。
Posted by Nobody at 2009年04月15日 11:37
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プロ市民とプロ奴隷
Excerpt: しばらく前からプロ奴隷という言葉をちらほらと見かけるようになりました。どうやらプロ市民という言葉と関連もあるようで少し気になったので、ググって調べてみました。[普及度]プロ市民の検索結果約18,800..
Weblog: 気になったことを調べるblog 〜ソースは2ch〜
Tracked: 2005-03-27 07:40
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