2005年04月21日

コメントラッシュ

さて、小倉氏のところのエントリに気になるものが幾つもあったので少しコメントしてみたい。

まずもって問題なのは「コメントスクラム」の定義をしていない点であろう。
なお、「コメントスクラム」を、事前に共謀してなされる組織的なものに限定しないのは、元来がメディアスクラムになぞらえた表現であることから当然のことであり、そのことは私が最初に「コメントスクラム」という語を用いたときにも明示しています。
 また、コメントスクラムは、「ネット右翼」によって引き起こされるものに限らないことも当然です。私は、当初より「ある種の思想集団」という価値中立的な言葉を用いています。なお、「集団」という言葉は、組織的な人の集まりであることを必ずしも必要としない概念です(ex.「集団ヒステリー」)。

これでは、今まで行った定義になるかもしれない言葉をぼやかして何の定義もしないままコメントスクラムという語を用いていたことになる。それではいわゆるラベリングでしかなく、自分に都合の悪い相手全てに地味に罵声を浴びせているのと変わらない。

この件については随分前に隔離掲示板で話が出ているにもかかわらず、新たに定義するどころかこれまでの言葉に批判が集まったところではぐらかしているだけであるという状況である。

改めて検証してみよう。「ある種の思想集団」の、「集団」という語それ自体には必ずしも組織的な人の集まりということを必要としていない。が、「集団で」ではなく「ある種の思想集団が」と言ってしまっているのである。この場合「なんらかの相互関係によって結ばれている人々の集まり」という意味にしかならないのではなかろうか?彼自身が言う集団ヒステリーという例がそのことの何よりの証明である。これは「ヒステリー」という共通項を有し、一定の合法則性の中で行動する人々という意味になる。しかしながら小倉氏はその集団がどういう集団で、あるいはどういう思想を有するのか、などの「共通項」を一切明示せず、単にラベリングして非難を浴びせているだけというのが現状であろう。

まずはコメントスクラムを正しく定義せねばなるまい

定義しないならやはり単なるラベリングである。ネット掲示板などにおける単純な荒れはフレーミングなどと呼ばれるわけで、新たに造語する必然性は全く無いのである。(以前に「ブログ炎上」という表現を非難した人物が居たような気がするが、これは全くナンセンスである。単にフレームを日本語訳しただけなのだから)

更に
コメントスクラムについつい参加してしまう人々を社会学者等が聞き取り調査してくれるとその発生原因はわかるのかも知れませんが、現段階では、これを肯定的に捉える見解も、否定的に捉える見解も、あくまで推測の域を出ていません。

そういうものについて推測でラベリングした、ということになる。
私も、推測に参加するとするならば、次のようなことがいえそうです

とうの昔に参加していたことは留意したいが、その後の3つの定義はまさしく憶測であり、何の意味も無い。これについて3−2−1と逆順番に見てみよう。
自分たちのその醜悪な行動の責任を被害者側に押しつけている点は共通していますし

それはお互い様というものである。小倉氏も自身の特定のエントリがフレームの原因になったということを全く考慮していない。その具体例が2にある
テキストを素直に読む読解力の欠如

である。自身の表現力や思考力は確かなので検討する必要が無いというのか。一体何様のつもりだろうか。

なるほど、お偉い弁護士先生様か。
そういう態度が1
相手に対する優越感を生み出します。

こういう偏見を生み出すのではないか?相手が単に平等を要求していても、小倉氏には不当な優越感に映ると。なにしろ弁護士大先生様である。相手はそのありがたいお言葉を拝聴し、ただただ関心しろというわけである。


…というのは極端な物言いであるが、小倉氏は上記のような状況にもっと配慮すべきであろう。弁護士という肩書きを表に出している以上、相手に上記のような邪推をされないように普通のブログより用心しなければならないはずである。
posted by князь Мышкин at 00:16| マイアミ ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | トラックバック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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ラッシュ
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