2005年05月17日

寸評3

さて、前回までの内容について自分なりの問題点の指摘と、暫定的な私の立場を述べてみたい。
風見氏の発言についてであるが、まずは自分の立場がどういうものであるのかの把握が不完全であったように思われる。(これは後に示してゆきたい)そして相手の論の問題点を把握し、それ以外には目もくれずに追及する一点突破の方向性があれば展開はまた違っていたかもしれない。そして、ラベリングには応じない方が得策であると思われた。尚、リンク先で私は氏のやりかたを駄目だと言ったが、それは上記のような理由からのみであり、氏の立場そのものが間違っているという意味ではない。

アレクセイ氏の問題点であるが、まず第一にはラベリングしたり人格攻撃したりという癖をやめないと、多くのオーディエンスの心象を悪くするし、何より読みにくい。そして、具体的な問題点がある。

何も生み出さない、とはどういうことであるのか。では何かを生み出すとはどういうことであるのか。この定義をしていない。定義するとはどういうことか念のため言うなら、基本は別の言葉で説明することであり、複数ある可能的な解釈のどれであるのか示すことである。

第二に、その何も生み出さないことに該当するのが殺人のみであることの証明も必要になるかもしれない。ただしこれは最初の定義次第で必然的に殺人とのみ結びつき、免除される可能性もある。
これについて、これ以上説明できないというのは言い訳にもならないはずである。辞書の中にも単純な語についてその説明がぞんざいになることがあるが、それは様々な条件下で種々の定義で運用されるからであり、一部の定義のみ採用したら例外が多すぎるし、かといって可能的な全ての定義や用例を示すとなると膨大になりすぎるからである。(この場合、的確にその定義域のガイドラインを示す辞書はとりわけ優良な辞書といえよう)



さて、この論に対する現在の私の立場であるが、「殺人を忌避する理由などわからない。単に損得だけで決めればいいのではないか?」ということにしようと思う。ここからの議論の方が現時点では有意義であると思われるのである。
posted by князь Мышкин at 00:29| マイアミ ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | シリーズ寸評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
アレクセイ
『☆ Мышкинさま・みなさま
エントリー『2005-05-10 マニエラ』(http://d.hatena.ne.jp/azamiko/comment?date=20050510)の方へ、Мышкинさまが、

> おおよそのまとめは自分のところに書いておきました。
http://muichkine.seesaa.net/article/3580050.html#more

と紹介なさっていた「殺人の倫理」の問題にかんする氏の文章『寸評』(1〜3)を含む、同サイトに納められた氏の文章を読みました。そのうえで先程、上のアドレスの『寸評3』のページのコメント欄に、下の拙文を投稿しようとしたところ、「(投稿を)確認する」ところまでは行けたのに、「書き込む」ボタンを押すと、

> リクエストされた操作を完了できませんでした。
> しばらく経ってから再度アクセスしてください。
> 問題が解決しない場合は、管理者にご連絡下さい。
> [2005-05-13T22:32:15]

ということで、投稿が反映されませんでした。
投稿量が多すぎるということでもなさそうなので、原因は不明なのですが、せっかくなので本来の舞台であるこちらへ、先に投稿させていただくことにしました。悪しからずご了承下さい。


=============== (以下、Мышкин氏のブログへの投稿予定稿)===============


☆ Мышкинさま・みなさま

エントリー『寸評』でご批評いただいた、アレクセイです。
以下は、批評のお返しということで、一種の『Мышкин論』となるはずです。お楽しみいただければ幸いです(笑)。

-------------------------------------------------------------------------

  『Мышкин論 ―― 私の匿名性を擁護せよ』


 エントリー『寸評』(1〜3・2005年5月12日〜13日)は、もともとは、ブログ『きびをむく少女の指先傷つきてラムの琥珀酒カリブの海より来たる』(http://d.hatena.ne.jp/azamiko/)で、Мышкинさんも参加してのやりとりに関して、Мышкинさんがご自身のサイトに「まとめ」的に書かれた文章です。
 Мышкинさんご自身、

> 今日はこの場所でのやりとりについて簡単な注釈を勝手に加えてみたい。

と前振りなさっているとおり、この『注釈』は、批評された当事者(私)からすると、(Мышкинさんの)「自己正当化」に力点が置かれた、一方的なものとしか思えないしろものです。しかし、この『寸評』を読まれる方は、たぶん『この場』の部分にリンクの貼られた先、つまりブログ『きびをむく少女の指先傷つきてラムの琥珀酒カリブの海より来たる』(以下『きび少』と略記)の該当文章を読まれた上で、Мышкинさんのご『注釈』の妥当性を判断されることは、ほとんど無かろうと思い、Мышкинさんによって「言及されなかった現実の補足」の意味も込めて、こうして書き込みに参上した次第です。

 まず、この『寸評』でまったく見えないのは、『きび少』でМышкинさんご自身がどんな発言をしていたか、ということでしょう。そこにいっさい触れないことによって、この『寸評』はあたかも、議論当事者とは無関係な「第三者」による「客観的な批評」のように見えてしまうのですが、果たして事実はそうなのでしょうか? ――むろん、私はそのようには思いません。
 Мышкинさんの文章の特徴は、「劇さず」「分析的に語る」といったところでしょうか。少なくとも「見かけ上」はそのように思える文体を、駆使なさっておられます。しかし、その「内実」においても、そのとおりなのかと言えば、私は大いに疑わしいと思います。
 今回、Мышкинさんから、あらためてМышкинさんご自身のブログの存在をご紹介していただき、その内容をざっと拝見しましたところ、Мышкинさんには「面白い特徴」があることに、私は気づきました。『きび少』の方では、「質問」「要望」中心で、およそご自身の見解を語られることの無かったМышкинさんは、これまで私にとっては「何を考えているのか、いかなる立場の人なのか」が、まったくわからない方だったのですが、こちらを拝見して、やっとそれが見えてきたのです。

 3月に開設されたこのブログ『Мышкин княжество 無駄な努力と雑多な思念の備忘録』(http://muichkine.seesaa.net/)の記事(エントリー)を頭から順に拝見していくと、まずわかるのが、Мышкинさんが、政治的には「左派」に分類される人で、その点では私とほとんど同じような立場を選んでいる人だ、ということです。だから、その点で、私とМышкинさんが対立するような論点はほとんどありません。ところが、さらに読み進めていって気づくのは、Мышкинさんは、自身「匿名」であり、熱心な「匿名の擁護論者」だということです。つまり、これこそが、私とМышкинさんを隔てる、決定的に違いだったというわけです。

 最終的には、ほとんど「当っていた」のですが、――『きび少』でのやり取りで、当初私は、Мышкинさんが「身元不明」の「匿名」者だと思っておりました。で、「この人は、取り澄ました書き方をしているけれど、本質的には、そこらの荒らしと大差ないんじゃないかと」と考え、次のように挑発してみたのです。
Posted by Мышкин at 2005年05月14日 00:31
---------------------------------(以下引用)---------------------------------

☆ Мышкин さま
> それはどういうものになるのでしょうか。上記の根拠を用いずに説明してみてください。

>これは、そういう異常事態では己(略という命題の例外となるという意味でしょうか?それともその命題では事態を止めようがないという意味でしょうか?

ほらほら、だんだん「荒らし」そのままの「なぜなに」君ぶりが出てきましたね(笑)。
いいですか、私はすでに、貴方を「議論するに値しない、議論に不誠実な人」だと名指したんですよ。そして、貴方ご自身は、

> 議論にはあいてからのレスポンスが必須であり、それを無理強いするつもりは風見様に対しても貴方に対してもありません。

なんて、もっともらしいことを書いている。――なのに、どうして貴方は、ご自分の意見もろくに語らずに、こんなつまらない「質問攻勢」をしてくるのでしょうか? それは、貴方が「自分の意見」は持たないのに、他人の意見に「つまらない難癖」をつけたり「なぜなに攻撃」を仕掛けることで存在感を示そうとする、寄生虫的な、ご自身おっしゃるところの『ゴロツキまがい』の存在だからですよ。
貴方が質問しているようなことについては、すでに私はすべて説明済みなんです。同じことを書かせて煩わせえようなんて、つまらないことは止して下さい。言いたいことがあるのなら、自分の意見をハッキリ書いたらどうです? 貴方のやっていることは、単なる「荒らし」ですよ。そうじゃないと言うのなら、身元くらい明かし、筋を通して、他人に質問したり、回答をお願いしたらどうですか? それが大人のすることでしょう?

---------------------------------(引用以上)---------------------------------

Posted by Мышкин at 2005年05月14日 00:32
 これに対する、Мышкинさんの返答は、

>それと
>> 身元くらい明かし
> 貴方の身元が明かされていません。人に聞くならご自身からどうぞ。

といたってシンプルなものでしたが、具体的な紹介がなかったので、私はさらに、

---------------------------------(以下引用)---------------------------------
>それと
>> 身元くらい明かし
> 貴方の身元が明かされていません。人に聞くならご自身からどうぞ。

そう問い返すのだったら、ログを読んでほしいですね。私の場合は、すでに身元は証明済みですよ。管理人さんにでも、尋ねてご覧なさい(笑)。
ま、もっとも、貴方と同じ「匿名」の「荒らし」たちは、私がオリジナルメルアドを示そうが、5年間続いているサイトを示そうが、私が公にどういう風に認知されている人間かを示しそうが、決して納得はしませんでした。なぜなら、それで納得してしまったら、今度は自分が身元を明かさなければならなくなるからですよ。当然、貴方も、自分から身元を明かす気なんか無いんですよね。だから、そんな勿体をつけている。――無駄ですよ。そんなことじゃ、ここで存分に「荒らし」たちの言動を見てきた人の目は、とうてい誤魔化せません。結局、貴方は、何がどうあっても身元を明かしたりはしない、できない、自身後ろ暗いところのある『ゴロツキまがい』の存在なんですよ。

> まあ折角ですから、己が欲せざるところ人に施す勿れという事を前提しなかったと仮定した上で過去のやりとりを洗いなおした所見でも書きます。風見さまの分も含め。

『己が欲せざるところ人に施す勿れという事を前提しなかった』というのは、貴方自身がそうなんだという前回の指摘は、無視ですか? 管理人さんは「身元を隠した上での発言」を欲さざるところなんですが、貴方はそれを承知で、そこも都合良く「無視」しているのでしょうか?
――もう一度言います、やましく無いのなら、オリジナルメルアドを示し、自分の身元を示すものとして、ご自分のサイトやブログを示すなどして、堂々と発言してください。もちろん、急遽作った「捨てメルアド」や「捨てブログ」などは、身元証明の役にはたちません。むしろ、貴方のうさん臭さが引き立つだけです。サイトやブログをお持ちでないのなら、貴方が日頃どういうサイトやブログに出入りし、どういうハンドルネームで書き込みをなさっているのか、それをご紹介下さい。……と言ってみたところで、これは貴方にそれが出来ると思って言っているわけではありませんから、さあ、なんなりと「言い訳」をしてみせてください(笑)。

---------------------------------(引用以上)---------------------------------
Posted by Мышкин at 2005年05月14日 00:34
と追求しました。その結果、Мышкинさんは、

> 私はその風見さま同様ここに何度かトラックバックを試みていますので、管理人さまかはてなダイアリーにお尋ね下さい。あるいは検索。ログを読めというのと大差ないですね。

とご回答下さり、やっとこの時点で、私はМышкинさんが「ブログ」を明かしているという事実を知り、

> それは失礼しました。トラックバックは、ほとんどチェックしていませんでした。

と謝罪したのです。
 ところで、私のこの追求に対し、Мышкинさんは、

> それにしても、身元を明かせといわれてサイトやメアドとくるとは予想外でした。てっきり実名や実住所のことかと。

と返されているのですが、私はこの段階で、Мышкинさんが「身元をハッキリさせていた(身元を誤魔化す意図は無かった)」という理解に立っていたので、

> ブログを明かしておられるというのを知りませんでしたから。いや、申し訳ない。

と重ねて陳謝したのでした。
 しかし、今回こちらのブログを拝見し、Мышкинさんの文章を読ませていただいて感じたのは「やはり、この人は身元を隠したいんだな。このブログは、自身の匿名を前提とした上で開設しているものに過ぎず、いざとなって畳んでしまえば、後には自身の痕跡を何も残さずに消えてしまえる、という体制なんだ」ということでした。
 実際、Мышкинさんは、この「ブログの存在」を告知した以外は、何も示しておられない状態ですから、ご自身、実質的な「匿名」者として『実名や実住所』などの公開をせまられる可能性だってある、とお考えになったのでしょう。
 また、Мышкинさんが、もっとも力をいれて取り組んでおられたこととは「ネットにおける匿名性を批判する人物を、批判する」こと(http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/『小倉秀夫のIT法のToFront』批判ほか)であり、Мышкинさんの文章の半分は、つまりこのブログのエントリーの半分はそうした「匿名の正当化」論となっているのですからで、そんなМышкинさんが、自身も『実名や実住所』の公開をせまられるかも、という気持になるのは、至極自然なことだと思います。
 例えば、Мышкинさんは『きび少』で、この『寸評』について、

> ちょっと長くなりそうなので論評は自分のところにするかもしれません。

> 貴方のサイトは承知しておりますよ。あ、せっかくですからそちらのBBSにてお伝えした方がよろしいでしょうかね。
Posted by Мышкин at 2005年05月14日 00:36
と書かれていたのですが、実際には私の掲示板(http://www80.tcup.com/8010/aleksey.html)への報告の書き込みは、なされませんでした。私自身は、Мышкинさんとのやり取りは、もともと『きび少』でのものでしたから、『きび少』にそれと報告があれば、私のところまで、わざわざご報告いただくまでもないと思い、

> うちのBBSへの連絡はなかったようですが、どっちでもかまいません。はっきりわかればいいのです。

とレスしたのですが、こちらのМышкинさんの文章を読ませていただいて、なぜМышкинさんがうちの掲示板に報告の書き込みをしなかったのか、その理由がほぼ理解できました。すなわちそれは、

> しかし同時に、留意点がある。2ちゃんねる以外のサイトは匿名を保証していないのである。下手を打つとIP晒しも有りうる。
> 結局このエントリで何が言いたかったか、というとteacup掲示板はソースを見るとIP丸見えな時があるから少し注意した方がいい。

(4月2日「ネットでの名前は自己申告」http://muichkine.seesaa.net/article/2736538.html

ということに配慮した、ということなんでしょう。うちの掲示板は、まさにその『teacup掲示板』だったからです。――つまり、ここでМышкинさんの書かれているのは、決して「他人事ではない」ということだったのですね。私自身はその掲示板で、自ら『IP晒し』をしていますが、Мышкинさんはそうなることに「怖れ」を抱いておられたのです。

 ――そんなわけで、私が言いたかったのは、政治的立場には大差のない、私とМышкинさんの「どこが対立点になるのか?」と言えば、それはこの「公的発言の責任の所在の明確化(匿名の是非)」というところなのです。また、その差によって、同じ政治的左派でありながら、Мышкинさんには「左派」批判が不自然なまでに多い、という顕著な「特徴」が惹起されたのです。普通ならば「左派」は、「匿名嫌い」なのですね(典型例:「イラク人質バッシング」をした「右派」の匿名性を批判したのが「左派」)。

 私は、5年間続いているサイトを包み隠さず公開していますし、そこではプロバイダーから交付されたオリジナルメルアドも(IPアドレスも)公開していますし、公刊書(ミステリ本)に乗った20数年来のペンネーム(田中幸一)も示しています。つまり、私は『実名や実住所』こそ公にはしていませんが、私が「どこの誰かは」かなり多くの知るところですし、私がネット上での論争に破れても、サイトを畳んでも、私を知る多くの人からは「彼が」そうなったのだと思われる立場に身を置いているというわけです。つまり、失敗しても「逃げ隠れできない(責任を引き受けざるを得ない)立場にある」ということですね。
 それに対し、Мышкинさんはどうか。――このブログをたたんで、ハンドルネームを変えてしまえば、すっかり「別人」なりかわれるでしょう。それが可能だからこそ、Мышкинさんは「匿名」を選んだんでしょうし、そうした「安心」を保障する「匿名」というものが、「荒らし」に代表される「うさん臭さ」をもって一般に受け止められる「負の属性」だということも知ってもいるからこそ、Мышкинさんは、「匿名を批判する人」に難癖をつけつつ「匿名」の利点だけを喧伝し、その一方で「匿名」を良いことに無責任な「言葉の暴力」をまき散らす「荒らし」については、一言半句「批判」を加えることもせず、「他人の災難」を後目に、めでたく「自分の安全だけ」を確保してきたんですね。

 実際、「荒らしに代表される、匿名者」を批判する人たちに向けられたМышкинさんの批判は、「荒らしにあう方に問題がある」という立場で一貫徹底しており、「荒らし」に対する批判は微塵もありません。

 「匿名者を批判する人」の多くが、「匿名そのもの」を批判しているわけではなく、「匿名」の影に隠れて「卑劣な行為」を続ける「荒らし」などの「匿名性」を問題にしているのは明らかなのに、とにかく「匿名」者の立場に止まりたいМышкинさんは、そうした「悪質な匿名者」の問題からは目をそらし、「言論の自由」や「言論統制反対」といった筋違いの「金看板」を掲げて、「荒らし」を含む「匿名者」を擁護し、「匿名者を批判する人」の批判に励んでおられるのです。

 そして、そうしたМышкинさんにとって、私が目障りな存在だというのは、もはや論を待ちません。『きび少』の方を見ていただければわかりますが、「匿名の荒らし」たちによって荒らされたばかりの『きび少』で、Мышкинさんは「匿名」云々にはまったく言及せずに、「荒らしの匿名性という弱点」を突いて彼らを撃退した私に、あれこれ持って回った「注文」をつけ、ケチをつけようとしたのです。
 でも、そんなМышкинさんの本音は、こちらの「コメントスクラムよりはコメントラッシュが妥当」(http://muichkine.seesaa.net/article/2977988.html)などの文章に明らかでしょう。Мышкинさんは、この文章で、明らかな「荒らし」にあった『きび少』に同情したり、「荒らし」を批判したりするのではなく、『きび少』が「コメントスクラム」にあっていると紹介して『きび少』を応援した『てるてる日記』の「多数の一般人が少数の一般人をたたくブログ界隈 」(http://terutell.at.webry.info/200504/article_2.html)に対し、タイトルどおりの、利口ぶった難癖をつけるばかりだったのです。
Posted by Мышкин at 2005年05月14日 00:37
 Мышкинさんが、自身のブログについて(私から)尋ねられ「はい、それはこちらです」と応じなかった理由も、これでよく理解できるはずです。要は、できるだけ「手の内を明かしたくはなかった」んですね。でも、やむなく明かさざるを得なくなったため「せめて受け入れ体制を整えてからにしたい。よけいなところは読まれたくない」と考え、話題を「殺人云々」に限定する『寸評』を執筆した上で、そこへリンクを張って誘導することにしたのでしょう。

 ――さて、段取りが悪いこと甚だしいのですが、最初の、

> まず『寸評』で見えないのは、Мышкинさんご自身が『きび少』でどんな発言をしていたか、ということでしょう。そこにいっさい触れないことによって、この『寸評』はあたかも、議論当事者とは無関係な「第三者」による「客観的な批評」のように見えてしまいますが、事実は果たしてそうなのか? 私はそのようには思いません。
> Мышкинさんの文章の特徴は、「劇さず」「分析的に語る」といったところでしょうか。少なくとも「見かけ上」はそのように思える文体を駆使なさっておられます。しかし、その「内実」において、そのとおりかと言えば、私は大いに疑わしいと思います。

という問題に話を戻しますと、――Мышкинさんの「客観性」については、まったく信用ならないものであることが、すでに明らかに出来たと思います。政治的立場はべつにして、少なくとも「荒らしの匿名性の是非」という問題に関しては、Мышкинさんは明らかに「荒らしの匿名性」を擁護する「党派」だと言えるのです(つまり「中立・客観」ではない)。
 Мышкинさんご自身が「荒らし」ではないまでも、Мышкинさんは「匿名による責任回避の切り札を、ずっと握っていたい(自己の「匿名」権益の保護)」という思いを、「荒らし」たちと同じゅうする「党派」の人だ、ということです。
 また、これを言い換えれば、自身の選んだ「匿名」の「無前提な正当性」を確保しようと思えば、「荒らし」をも含め、「匿名」者を無条件に「良し」としなければならなかった、ということです。

 こうした「党派」性を隠し持つМышкинさんには、その「やましさ」の分だけ「劇さず」「分析的に語る」といった「もっともらしい上辺」が必要だったのでしょう。そうでなければ、Мышкинさんと「匿名の荒らし」を隔てるものは、ほとんど何も無くなってしまうからです。また逆に言えば、Мышкинさんと「匿名の荒らし」を隔てるものは「上辺だけ」だとも言えるわけです。

 Мышкинさんは、ご自身、自負しておられるように、それなりの分析力をお持ちだし、それをそれらしい文章にまとめあげる力もお持ちです。しかし、「匿名」への固執に見られるように、基本的には「臆病」な方で、そこがМышкинさんの足を引っ張った結果が、今回の私の批判だと思います。
 言うまでもなく、頭が良いだけでは、人は「善」をなせません。「頭が良い人は、間違った判断や間違った選択をしない」などという考えは、歴史によって完膚なきまでに否定されているのです(時代に迎合した「近代の超克」座談会の知識人たちの醜態を見よ)。
 Мышкинさんは、書いておられます。

> そしてコメントスクラムなるものが、相手を弾圧する手段だというのもおかしい。これには対処法があると考えられるし、それでも止まらない荒らすこと自体を目的とした場合には、それについて堂々と批判を返せばいいと思われる。
> 私なりに考える対処法は、まずは相手の限定である。複数居るコメントのうち、相手側に代表者を選出させ、次のエントリあたりでまず自分の立場を述べた後、その人にのみコメントを許すわけである。これは自分の側で指定してはならない。一番御しやすい相手を指定したと邪推されるからである。批判者たちが代表をうまく選出するまで一休みすることもできるかもしれない。
> そして、その人との対話が決着したら、改めてそれ以外の意見者を募る。そのようにして繰り返してゆけばラッシュは止まる。それで止まらないなら初めてその止まらない事を理由に弁明を停止することも、相手のコメントを批判することも許されよう。これらの労力を省いた挙句コメントスクラムというラベリングをして(スクラムというのもおかしな話である。ああいった場合のコメントは各々が勝って気ままに行う事が多いのであるからやはりコメントラッシュの方が妥当であると思われる)思考を停止したりコメントを削除したりするから、更なるラッシュを生むのではなかろうか。
> 初動の冷静な対処は、ブログをはじめるときに心得る基本的なことの一つであろう。
> 自分が同じ目に遭った時、出来るとは言えないが。

(4月15日「コメントスクラムよりはコメントラッシュが妥当」http://muichkine.seesaa.net/article/2977988.html

 このように、「匿名者=荒らし」に迎合し、そのご機嫌を取り結ぶことで、自身を「安全地帯」に置き、その上で「他人の災難」について、あれこれ利口ぶった注文をつける(「荒らし」批判者・対抗者に注文をつける)ことは、「恥」さえ知らなければ、それは容易に可能なことでしょう。ネットには、こういう小利口な「一言居士」さんが、じつに大勢おられます。――しかし、万が一、ご自分が『コメントスクラム』なり『コメントラッシュ』にあった場合、ここに書いているようなことが、そのまま理屈どおりにできると思うほど、Мышкинさんだってバカではなかったから、適切に、

> 自分が同じ目に遭った時、出来るとは言えないが。

という一文をつけ加えたのでしょう。
 しかし、そういう明晰さと共に、この一文に表れているとおり、『自分が同じ目に遭』うことを恐れるМышкинさんの「(理論的正当性以前の、本能的な)怯え」こそが、Мышкинさんをして「匿名の無条件な肯定」と「匿名批判者への党派的な攻撃」に走らせたのでしょう。

 そうした「臆病なまでの保身主義」「手前味噌な自己中心主義」は、私を批判した『寸評』にもハッキリと表れております。が、――そちらはそちらで、個別に論評したいと思います。
Posted by at 2005年05月14日 00:38
  2005年5月13日


【補記】

以上の論文は、見てのとおり、エントリー『寸評』(1〜3・2005年5月12日〜13日)を元にして書かれたものですが、投稿しようと思ったところエントリー『寸評』(4・2005年5月13日・http://muichkine.seesaa.net/article/3613984.html)がアップされていました。これも基本的には「殺人云々」に関する文章ですから、この話題については別稿に譲るとして、本論文を裏づけると思えるМышкинさんの文章が、ここでも散見されたので、参考として引用しておきたいと思います。

>> 『己が欲せざるところ人に施す勿れという事を前提しなかった』というのは、貴方自身がそうなんだという前回の指摘は、無視ですか? 管理人さんは「身元を隠した上での発言」を欲さざるところなんですが、貴方はそれを承知で、そこも都合良く「無視」しているのでしょうか?(<アレクセイ)

> での誤解についてのみの意味です。己が欲せざるところなわけですから、私が他人が身元を隠した上で発言することを一向に構わないと思う限り、私自身も身元について特に明かさずに発言することも構わないということになるまいか、という程度の意味です。このように己が〜という原理には「互いに望むことが背反したりする場合、効力が無い」という欠点があるはずですが、しかし今の議論の対象である人を殺すという場合については互いに一致すると考えられます。この点について貴方が理解していないと言うつもりはありません。もっとも、身元については可能な限りご要望にお答えすべくこちらのブログを明かしたところでご容赦頂きたいです。公共性の高いメールアドレスはスパム避けもかねて殆ど表に出さない方針です。』
Posted by Мышкин at 2005年05月14日 00:39
以上、アレクセイさまがこちらに上手く書き込めないということであちらで掲載したものを転載しました。かなり切り貼りしたので乱丁、落丁があるかもしれません。
(転載元:http://d.hatena.ne.jp/azamiko/20050513#c
その場合はご指摘下さい。
Posted by Мышкин at 2005年05月14日 00:43
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