2005年05月19日

寸評4

引き続き殺人の是非について。
今回は最初に少し用語を定義しておきたい。
自分と同じ価値を見出す相手を「人間」
単に生物として同種であることを「人類」
「人間」とみなしていない、少なくともまだそういう仕分けが出来ていない相手を「人」と呼ぶ。

アレクセイさまへのお返事になりますが、まずは元のコメントを引用します。
アレクセイ
『☆ Мышкинさま
> おおよそのまとめは自分のところに書いておきました。
> が、どういうわけかトラックバックができないようです。
http://muichkine.seesaa.net/article/3580050.html#more

拝見しました。これの感想については、そちらの方へ直接コメントさせていただきましょう。いましばらくお待ち下さい。

> その上での私の立場は「殺人を忌避する理由などわからない。単に損得だけで決めればいいのではないか?」というものになります。

『損得だけ』というのでは、何も語っていないのと同じではないですか。
例えば、誰かを殺すと財産が入ってきて「得」だから殺せばいいのかと言えば、捕まったら入ってこなくて「損」から殺すべきではない、と考えるべきなのか。しかし、完全犯罪なら捕まらないので「得」するだけだから殺せばいいのかと言えば、良心の呵責があると苦しむために「損」だから殺さない方がいい、ということにもなる。つまり「殺人」という重大行為を、その結果まですべて見通すことなど原理的に不可能なんですから『単に損得だけで決めればいい』なんていうのは、何も言っていないに等しいということです。貴方のおっしゃる『損得』とは、いったいどういうレベルの話なんでしょうか?

> どう読み返しても何も生み出さないという語の定義は必須です。定義をするか、定義不能なら取り下げるかなさっていただけるとわかりやすいです。

「生み出す・生み出さない」とは、その存在(人)が(付随的にではなく)主体的に「価値」を生み出す・生み出さない、ということです。
つまり、「他人に依存するだけの存在」とか「他人に負の価値を与える(他人の足を引っ張る)だけの存在」に対し、私は「貴方は何も生み出さない人である」という評価を下すんですね。別に難しい話ではないでしょう。

さて、以下は遡ってのレスです。

> 『己が欲せざるところ人に施す勿れ』の意味がお分かりでないようで。まあいいでしょう。

誤魔化したってダメですよ(笑)。貴方の、

> しかし私の意見の端緒はもう出しています。殺人の禁止を示すためには己が(略、並びにその前提が非常に重要で、それを用いずに述べるのは困難であると。それが不要であることへの記述、あるいはこれまでの論理もそれを前提せずに行えたことの証明はまだです。

なんていう文章が、日本語になっていないのは、誰にだってわかることだし、下手な文章から意味が取れないのは当然なんじゃないですか? それとも貴方は、この文章がまともだとおっしゃるんでしょうか? それとも、「まずいことは無視する」というのが、貴方のおっしゃる「挑発には乗らない」ということなのでしょうか?

> 私はその風見さま同様ここに何度かトラックバックを試みていますので、管理人さまかはてなダイアリーにお尋ね下さい。あるいは検索。ログを読めというのと大差ないですね。

それは失礼しました。トラックバックは、ほとんどチェックしていませんでした。

> ちょっと長くなりそうなので論評は自分のところにするかもしれません。

前記のとおり、すでに拝見しております。

> それにしても、身元を明かせといわれてサイトやメアドとくるとは予想外でした。てっきり実名や実住所のことかと。

ブログを明かしておられるというのを知りませんでしたから。いや、申し訳ない。

> 貴方のサイトは承知しておりますよ。あ、せっかくですからそちらのBBSにてお伝えした方がよろしいでしょうかね。

うちのBBSへの連絡はなかったようですが、どっちでもかまいません。はっきりわかればいいのです。

> 過去の発言をあさっていたらどうやら風見さまもブログをお持ちのようで。ですから風見さまに関しては自分のところからトラックバックで意思表示するつもりです。

トラックバックは当てにならないみたいですから、風見さんのところへ、直接コメントをなさってはいかがですか? その方が手っ取り早いと思うんですが。それに風見さんも、そちらへコメントされていましたしね。

> それにしてもアレクセイさまはご自分のブログをお持ちでないようですが、それはどうしてなんでしょう。

サイトも掲示板も持っていますからね。あれこれ手を出しても、管理しきれない可能性が高いからですよ。それに私がいま使っている掲示板は、先払いの有料掲示板なんで、使わなきゃ損です(笑)。
ですから、貴方も遠慮なく、当方の掲示板をご利用下さい。程度の低い「荒らし」除けのため、投稿を即時反映にはしていません(管理人である私がチェックしてから反映する形式です)が、貴方なら大丈夫です(笑)。

> 一応お尋ねしておきます。貴方が主張する殺してはいけない理由は「自明な大前提」だの「普通の判断力と常識」だので止まってはいませんよね?当然その前提にも遡ることが可能であり、単に省略されているか私が見落としているかしているだけですよね?

当然ですよ。

> その見落としたコメントの場所、又は省略した内容をできれば今のうちにお教えいただけますでしょうか。そうでないと若干の自爆の可能性が出てまいります。

面倒ですねえ。私の過去の文章を探すのは、貴方が必要だと思えばやって下さい。相手の書いたものを見落とすのは見落とした自分の責任ですが、自分が書いたとわかっているものについて、それをわざわざ「他人のため」に探すつもりはありません。

簡単に説明すれば、「人殺しがいけない」理由は、要は、それが「すべての前提を否定するもの」だからです。人間の「存在そのもの」を否定してしまったら、そこから何も生まれないからです。例えば、人間の喜びも悲しみもすべての文明も、人間の存在があったればこそ。貴方と私がこうやって言葉を交わせるのも貴方と私が存在するからですし、風見さんみたいな意見が出せるのも、風見さんの生(存在)が肯定されていればこそだからです。つまり、「殺人の肯定」はそうしたすべてのことを、「存在」の段階で根本的に全否定してしまうものだからダメだ、ということなんですね。――探すより書いた方が早い、書かせていただきました。貴方は貴方の責任で、私が以前に書いたものを探してください(笑)。』


>アレクセイさま
順番がすこし前後しますが損得についてのこちらの見解は後回しにさせてください。

>> 『己が欲せざるところ人に施す勿れ』の意味がお分かりでないようで。まあいいでしょう。

>誤魔化したってダメですよ(笑)。貴方の、

いえ、これについては
>『己が欲せざるところ人に施す勿れという事を前提しなかった』というのは、貴方自身がそうなんだという前回の指摘は、無視ですか? 管理人さんは「身元を隠した上での発言」を欲さざるところなんですが、貴方はそれを承知で、そこも都合良く「無視」しているのでしょうか?

での誤解についてのみの意味です。己が欲せざるところなわけですから、私が他人が身元を隠した上で発言することを一向に構わないと思う限り、私自身も身元について特に明かさずに発言することも構わないということになるまいか、という程度の意味です。このように己が〜という原理には「互いに望むことが背反したりする場合、効力が無い」という欠点があるはずですが、しかし今の議論の対象である人を殺すという場合については互いに一致すると考えられます。この点について貴方が理解していないと言うつもりはありません。もっとも、身元については可能な限りご要望にお答えすべくこちらのブログを明かしたところでご容赦頂きたいです。公共性の高いメールアドレスはスパム避けもかねて殆ど表に出さない方針です。

>> しかし私の意見の端緒〜
>貴方のおっしゃる「挑発には乗らない」ということなのでしょうか?

これについてはかなり端折った説明をしてしまい申し訳ありませんでした。これを書いた時点では風見さまと議論をする予定でしたので、後々そのやりとりの中で明らかにしてゆこうと思っておりました。しかし今回はむしろ風見さまに近い立場からアレクセイさまとお話する形となりましたので、改めて詳細に述べさせていただきます。

>> その見落としたコメントの場所、又は省略した内容をできれば今のうちにお教えいただけますでしょうか。

これについてもお手数おかけしました。寸評1〜2で過去の書き込みを洗いなおした中で私も見つけました。また「何も生み出さない」についての定義ですが、とりわけ人殺しの件については「、「存在」の段階で根本的に全否定してしまうものだからダメだ」ということと同義であると考えてよろしいでしょうか?それですとその上の説明と合わせて今回の議論では十分な定義だと思います。(以前、この二つが接続しないと言いましたが、あくまで一般論としてであり、一つの議論の中で改めて定義される場合、それを頑なに否定するものではありません)ありがとうございました。


己が欲せざる、が人殺しの禁止と密接に関わると考える理由はその前提にあります。この前提とは「私と彼とは違う人だが、同じ”人間”」であるという前提です。この前提から、人殺しの禁止と己が欲せざるところ人に施すなかれという二つの道徳的規律がほぼ同時に派生していると考えられます。同じ人間であるが違う扱いをする、というのは明らかに矛盾しており、それは人ではあっても人間ではないという扱いに他ならないと考えられます。

そして、人殺しの禁止にはまず自分の命の尊重があると考えられます。
「私の命の否定はできない」
「私と彼とは同じ人間である」
「彼の命も否定してはならない」
というわけです。他を人間と考えるためにも考える自分が必須でしょうから。
さらにここでは「自分の命なんかどうでもいいから他人の命もどうでもいい」という考えは導けないと考えられます。アレクセイさまもご指摘の通り命を否定する主張の前提も今生きている自分に他ならず、私は死んでよかったという死者の証言でも得られない限り、自分は死んでもいいという言明は論理としては自己矛盾でありましょう。


ここまで見てきた限りですと、人間を殺してはいけないという命題に反駁の余地は見られません。しかし、同時に大きな問題が残ります。それは、アレクセイさまご自身も少なからず自覚しておいでのようです。

>> 今現在の世界ですら、「人殺しはいけない」は全世界の人間にはいきわたっていませんよ。
> アフリカの治安の悪いところとか、例はたくさんあります。(風見さま)

>生物学的な人間であったとしても、それを人間と認識できなければ、「人を殺してはいけない」という認識が働かないというのは、当然のことです。そういう事例は、今も昔もたくさんあるのです(アレクセイさま)

これです。相手を人間と認識する以上、殺人が悪しきことだと同時に認識せざるを得ないが、しかし相手を人類ではあっても人間ではないと認識してしまう可能性があるわけです。ここをどうにかしないと、今回の話の端緒であるazamikoさまのお言葉

>「ただ、それだけ」ではすまないんですよ。イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。ただ、それだけ。でそれでいいんですか?

これについて、「イラクでたくさんの人が殺されたことも(しかしながら人類であっても人間だなどと認識していなかったので)賛同する人が多かった。ただ、それだけ。」
という形で、むしろアレクセイさまの立場の方が風見さまよりそれでいいという結論に近づいてしまう可能性があります。

実に、これが自爆の可能性と言った内容であり、また風見さまとの議論を想定していた時の私はこの問題点を敢えて伏せるために(相手に塩を送るつもりはないので)言葉少なに語り、それを意味不明と評されてしまった次第であります。

現実問題として、アメリカ国内でイラク進行を肯定した連中には上記のような形で人間を殺したと考えていない輩も少なくないと思われるのです。白い連中の中には黄色ん坊や黒ん坊を同じ人間だなどと思っていない奴が未だにいるようで。
これについてのアレクセイさまのご意見をお聞かせいただけますでしょうか。

だいぶ長くなったので、損得勘定からくる殺人の扱いについては別のエントリに分けます。

>それに私がいま使っている掲示板は、先払いの有料掲示板なんで
これだと確かに他にかまけておろそかにするのは勿体無いですね。閑話休題。
posted by князь Мышкин at 01:06| マイアミ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シリーズ寸評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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