2005年05月21日

寸評6

議論がやりやすいようにブログレイアウトを少し調整してみる。
さて、その後ふりかえってみて思ったことを述べてみたい。

なぜあのようなやりとりになったのか。その原因にはいくつかの誤解があったように思われる。

一つには、
『>「ただ、それだけ」ではすまないんですよ。イラクでたくさんの人が殺されたこ>とも賛同する人が多かった。ただ、それだけ。でそれでいいんですか?

別に問題ないでしょう。
むしろ、何の問題があるか、聞いてみたいですね。

ここに出てくる「問題ない」の意味が双方の間で乖離していたのではなかろうか。
そもそも殺しがいけないという一般的な理由を論理性に求めるか感情性に求めるかという違いがあったように思われるのだ。
アレクセイさまらは論理性に求め、その理由を説明していったわけだが、そもそも最初の段階での風見さまの言明は殺人の禁止を感情性、つまりは良心の呵責にもとめたように思われるのだ。それは次のことば
自分は持っています。ただ、それは「単純な論理」を守らせるようにすることで殺人を防ぐようにするものです。
ちなみに、その方法は、「道徳を捨てること」です。
(人間は平等だとか、差別はいけないだとか、自分の立場をわきまえるべしなどの考えを捨てることです)
道徳を捨てることによって、道徳によって生ずる怒り、例えば「理不尽による怒り」だとかは消失します。
ゆえに、「感情に流されて単純な論理が守れない人間」は「感情に流されず単純な論理が守れる人間」へと変化します。

この一節から、風見さまが通常の道徳性を良心の呵責といった道徳的感情によるものだと考えていたことが伺える。良心の呵責から人を殺さない人間は同時に激情に駆られて人を殺す、というわけである。

このあたりの道徳性の認識が異なったことが、すれ違いの原因の一つであったろう。
posted by князь Мышкин at 00:21| マイアミ ☀| Comment(13) | TrackBack(0) | シリーズ寸評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
☆ムイシュキンさま
>>「ただ、それだけ」ではすまないんですよ。イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。ただ、それだけ。でそれでいいんですか?(<azamiko)

>別に問題ないでしょう。
むしろ、何の問題があるか、聞いてみたいですね。(<風見さん)

>ここに出てくる「問題ない」の意味が双方の間で乖離していたのではなかろう。
そもそも殺しがいけないという一般的な理由を論理性に求めるか感情性に求めるかという違いがあったように思われるのだ。(<ムイシュキンさん)

ここでの問いかけが単に「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」ではないのは明らかだろう。それをムイシュキンさんは「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」として論じようとしている。

>アレクセイさまらは論理性に求め、その理由を説明していったわけだが、そもそも最初の段階での風見さまの言明は殺人の禁止を感情性、つまりは良心の呵責にもとめたように思われるのだ。それは次のことば(<ムイシュキン)

>自分は持っています。ただ、それは「単純な論理」を守らせるようにすることで殺人を防ぐようにするものです。
ちなみに、その方法は、「道徳を捨てること」です。
(人間は平等だとか、差別はいけないだとか、自分の立場をわきまえるべしなどの考えを捨てることです)
道徳を捨てることによって、道徳によって生ずる怒り、例えば「理不尽による怒り」だとかは消失します。
ゆえに、「感情に流されて単純な論理が守れない人間」は「感情に流されず単純な論理が守れる人間」へと変化します。(<風見さん)


>この一節から、風見さまが通常の道徳性を良心の呵責といった道徳的感情によるものだと考えていたことが伺える。良心の呵責から人を殺さない人間は同時に激情に駆られて人を殺す、というわけである。
>このあたりの道徳性の認識が異なったことが、の一つであったろう。(<ムイシュキンさん)

道徳を捨てたことがイラク戦争の要因であり、風見さんいうところの道徳を捨てることが殺人を防ぐことになってはいないというのは誰でもわかることである。「イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。ただ、それだけ。で問題がない」という倫理観をもつ風見さんが「単純な損得勘定(単純な論理)」を守れない人間の殺人を防ぐにはどうするか」という質問を設定したのも不思議なのだが、正反対の結論を導きだしていることにも気付かない。そのことからみても、「道徳性の認識が異なったことが、すれ違いの原因の一つ」なのではなく、風見さんが現実を知らないということ、あるいは道徳についての認識間違いをしていること、あるいは両方だということである。

そして、このことに問題を感じないというムイシュキンさんにも問題がある。

Posted by azamiko at 2005年05月16日 06:11
2回確認したのに、なぜか、一部しか反映しませんでしたので、再投稿いたします。

☆ムイシュキンさま
>「ただ、それだけ」ではすまないんですよ。イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。ただ、それだけ。でそれでいいんですか?(<azamiko)

> 別に問題ないでしょう。
むしろ、何の問題があるか、聞いてみたいですね。(<風見さん)

>ここに出てくる「問題ない」の意味が双方の間で乖離していたのではなかろう。
そもそも殺しがいけないという一般的な理由を論理性に求めるか感情性に求めるかという違いがあったように思われるのだ。(<ムイシュキンさん)


ここでの問いかけが単に「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」だけではないのは明らかだろう。それをムイシュキンさんは「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」として論じようとしている。

>アレクセイさまらは論理性に求め、その理由を説明していったわけだが、そもそも最初の段階での風見さまの言明は殺人の禁止を感情性、つまりは良心の呵責にもとめたように思われるのだ。それは次のことば(<ムイシュキンさん)

>自分は持っています。ただ、それは「単純な論理」を守らせるようにすることで殺人を防ぐようにするものです。
ちなみに、その方法は、「道徳を捨てること」です。
(人間は平等だとか、差別はいけないだとか、自分の立場をわきまえるべしなどの考えを捨てることです)
道徳を捨てることによって、道徳によって生ずる怒り、例えば「理不尽による怒り」だとかは消失します。
ゆえに、「感情に流されて単純な論理が守れない人間」は「感情に流されず単純な論理が守れる人間」へと変化します。(<風見さん)

>この一節から、風見さまが通常の道徳性を良心の呵責といった道徳的感情によるものだと考えていたことが伺える。良心の呵責から人を殺さない人間は同時に激情に駆られて人を殺す、というわけである。
>このあたりの道徳性の認識が異なったことが、の一つであったろう。(<ムイシュキンさん)

道徳を捨てたことがイラク戦争の要因であり、道徳を捨てることが殺人を防ぐことになってはいないというのは誰でもわかることだろう。「イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。ただ、それだけ。で問題がない」という倫理観をもつ風見さんが「単純な損得勘定(単純な論理)」を守れない人間の殺人を防ぐにはどうするか」という質問を設定したのも不思議なのだが、正反対の結論を導きだしていることになんら気付かない。そのことからみても、「道徳性の認識が異なったことが、すれ違いの原因の一つ」なのではなく、風見さんが現実を知らないこと、あるいは道徳性について認識間違いをしていること、あるいは両方だということです。

そして、このことに問題を感じないというムイシュキンさん自身問題があるということだろう。

Posted by azamiko at 2005年05月16日 06:25
>ここでの問いかけが単に「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」だけではないのは明らかだろう。それをムイシュキンさんは「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」として論じようとしている。

では貴方はどういう意味で問いかけたのでしょうか。

>道徳を捨てたことが、〜あるいは両方だということです。

道徳を捨て「られなかっ」たことがイラク戦争の要因であり、道徳を捨て「ない」ことが殺人を防ぐことになってはいないというのは誰でもわかることだろう。「イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。これは大きな問題だ」という倫理観をもつアレクセイさんが「「普通の倫理観を持つ人々」の殺人を防ぐにはどうするのか」という疑問に答えられないのも不思議だが、「それは相手を人間扱いしていない」と、イラクの殺人を問題ないとするような反対の結論を導き出していることに何ら気づかない。そのことからみても、「道徳性の認識が異なったことが、すれ違いの原因の一つ」なのであり、azamikoさんが記述をよく読めていないこと、あるいはこれまでの記述について認識間違いをしていること、あるいは両方だということです。
Posted by Мышкин at 2005年05月16日 19:45
それと、私は「風見氏と全く同じ立場から論ずる」とも「風見氏の発言は全て自分の発言として引き受ける」とも言っておりませんので念のため。
Posted by Мышкин at 2005年05月16日 19:48
これだけだと少々不親切な説明なので補足しますと、「殺していい」「殺してはいけない」という倫理観の問題と「殺す」「殺さない」の行動の問題とは別問題です。風見さまもそのあたりがうまく区別できていなかったようなので、それもあって変な質問をしたんでしょうね。

それと、繰り返しになりますが損得勘定による行動の決定には常に計算し尽せない、又は計算間違いによる失敗がつきまといます。そのあたりについてはもう述べましたね。
Posted by Мышкин at 2005年05月17日 00:05
☆Мышкинさま
>>ここでの問いかけが単に「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」だけではないのは明らかだろう。それをムイシュキンさんは「殺しがいけないという一般的な理由を問うたもの」として論じようとしている。

>では貴方はどういう意味で問いかけたのでしょうか。

えっ!・・議論の端緒を思い出してください(笑)

>考えは人それぞれなのです、考えに賛同する人が多いか少ないか、ただそれだけです。
(<その他の会社員さん)

>「ただ、それだけ」ではすまないんですよ。イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。ただ、それだけ。でそれでいいんですか?(<azamiko)

つまり、「賛同する人が多いことが考えの真偽、正否になりうるのか」ということです。

>道徳を捨て「られなかっ」たことがイラク戦争の要因であり、道徳を捨て「ない」ことが殺人を防ぐことになってはいないというのは誰でもわかることだろう。「イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。これは大きな問題だ」という倫理観をもつアレクセイさんが「「普通の倫理観を持つ人々」の殺人を防ぐにはどうするのか」という疑問に答えられないのも不思議だが、「それは相手を人間扱いしていない」と、イラクの殺人を問題ないとするような反対の結論を導き出していることに何ら気づかない。そのことからみても、「道徳性の認識が異なったことが、すれ違いの原因の一つ」なのであり、azamikoさんが記述をよく読めていないこと、あるいはこれまでの記述について認識間違いをしていること、あるいは両方だということです。

あんまり、いい趣味ではないですねえ(笑)

>道徳を捨て「られなかっ」たことがイラク戦争の要因であり、道徳を捨て「ない」ことが殺人を防ぐことになってはいないというのは誰でもわかることだろう。

この部分はムイシュキンさんのご意見ですね。
>私は「風見氏と全く同じ立場から論ずる」とも「風見氏の発言は全て自分の発言として引き受ける」とも言っておりませんので念のため。(<ムイシュキンさん)

と、わざわざ断り書きをされているわけですから風見さんのいう「道徳」とはちがうんですね。この場合の「道徳」は具体的に何を意味していますか?

>「イラクでたくさんの人が殺されたことも賛同する人が多かった。これは大きな問題だ」という倫理観をもつアレクセイさんが「「普通の倫理観を持つ人々」の殺人を防ぐにはどうするのか」という疑問に答えられないのも不思議だが

別に不思議ではないでしょう(笑)?

>「殺していい」「殺してはいけない」という倫理観の問題と「殺す」「殺さない」の行動の問題とは別問題です。(<ムイシュキンさん)

からね(笑)

>「それは相手を人間扱いしていない」と、イラクの殺人を問題ないとするような反対の結論を導き出していることに何ら気づかない。

あらら・・・別に「イラクの殺人を問題ないとするような反対の結論を導き出して」いないでしょう?そういう事実があるといっているだけですから。もう一度読み直されてはいかがですか?
特に、最後の一文をしっかり。

>>生物学的な人間であったとしても、それを人間と認識できなければ、「人を殺してはいけない」という認識が働かないというのは、当然のことです。そういう事例は、今も昔もたくさんあるのです。
また、そういう「認識と事実」が一致しない端的な例が、貴方ご自身でもあるでしょうね(笑)。
(<アレクセイさん)

>私は「風見氏と全く同じ立場から論ずる」とも「風見氏の発言は全て自分の発言として引き受ける」とも言っておりませんので念のため。

と言われているのは
>>そして、このことに問題を感じないというムイシュキンさん自身問題があるということだろう。

に対してのレスだと思いますが、ムイシュキンさんは寸評1で

>私はあの段階では具体的な問題点は挙げられなかったと思っています

と言われている。問題点をあげられない(=問題を感じない)ムイシュキンさんに問題があると言ったのですね。
Posted by azamiko at 2005年05月17日 18:05
>この部分はムイシュキンさんのご意見ですね
単に言葉を操作しただけです。

>別に不思議ではないでしょう(笑)?
それは同時に風見氏の発言にも不思議は無いということになるわけです。まあ二つの基準を混同していたきらいはありますが。それは既に指摘したことです。

>>生物学的な人間であったとしても、それを人間と認識できなければ、「人を殺してはいけない」という認識が働かないというのは、当然のことです。そういう事例は、今も昔もたくさんあるのです。
また、そういう「認識と事実」が一致しない端的な例が、貴方ご自身でもあるでしょうね(笑)。
(<アレクセイさん)

「今も昔もたくさんある」

これでは何の基準にもなっていないし、その「認識と事実の一致しない一例として、イラクの例を問題ないと言い切る人が大勢居居る。それだけになってしまいますね、というわけです。

>>私はあの段階では具体的な問題点は挙げられなかったと思っています

と言われている。問題点をあげられない(=問題を感じない)ムイシュキンさんに問題があると言ったのですね。

でしたら貴方はどういう問題点があったとお考えでしょうか。具体的にお答えください。

それと、この一点

>つまり、「賛同する人が多いことが考えの真偽、正否になりうるのか」ということです。

これもまた推測になりますが「それだけ」という語それ自体に「真偽も正否も問えない」という意味合いを含んでいた可能性があります。

私の現在の立場そのものは4と5に記述してあるのですが、そちらについても何かお願いできますか?
Posted by Мышкин at 2005年05月17日 18:55
そういえば一つ奇妙な前提があるようで。
「生物学的に人間である」ということがどうして倫理的に人間であることの基準になるのでしょうか。また、仮にそうであるとして、ではその基準は普通の基準でしょうか。
Posted by Мышкин at 2005年05月17日 19:54
すっかり忘れていました。
私はこれまでそちら側の殺人がいけない理由を合理性に求め、殺人の許容は矛盾すると結論しました。

ですが、貴方は
>道徳を捨てたことがイラク戦争の要因で
という。どうやって道徳を捨てるのでしょうか。そもそも貴方の言う道徳とはどういうものでしょうか。
Posted by Мышкин at 2005年05月17日 20:01
失礼、あまりのことに見落としていましたが
>「認識と事実」が一致しない

というのは記述が少し変ですね。我々が事実と呼ぶものは我々が認識したことに他ならず、認識相互の不一致はあっても認識と事実はずれようがありません。
Posted by Мышкин at 2005年05月17日 22:22
こんばんは、はじめまして。
私の一言から凄いことになっていますね。

私としては、正しいか誤りか、善か悪か、そんなもの立場が違えば簡単に逆転するので、「自分達が正しい」等と言い争っても永遠に一方が善、一方が悪などという答えは出ないと思っています。

ですので、「それだけ」という表現を使わせてもらいました。
Posted by その他の会社員 at 2005年05月17日 22:35
☆Мышкинさま
あはははは・・・・貴方にはほんとうに呆れました。
貴方には誠実さというものがない。
まあ、女に追い詰められるのはかっこわるいというのは分からぬではありませんが、貴方がプロであれば、言論界から追放でしょうよ。プロでなくてよかったですね(笑)

>>>道徳を捨て「られなかっ」たことがイラク戦争の要因であり、道徳を捨て「ない」ことが殺人を防ぐことになってはいないというのは誰でもわかることだろう。(<ムイシュキンさん)

>>この部分はムイシュキンさんのご意見ですね

>単に言葉を操作しただけです。

殺人や道徳ということを議論している時に、こんなことが通用するとでも思っているのですか?
貴方の書かれたもので「単に言葉を操作しただけ」でないものが一体どれだけあるというんです!?

>>別に不思議ではないでしょう(笑)?

>それは同時に風見氏の発言にも不思議は無いということになるわけです。まあ二つの基準を混同していたきらいはありますが。それは既に指摘したことです。

もちろん、貴方からみれば不思議はないでしょうね。
貴方のは言葉の操作なんですから(笑)
内容の真偽ではない。

>>生物学的な人間であったとしても、それを人間と認識できなければ、「人を殺してはいけない」という認識が働かないというのは、当然のことです。そういう事例は、今も昔もたくさんあるのです。
また、そういう「認識と事実」が一致しない端的な例が、貴方ご自身でもあるでしょうね(笑)。
(<アレクセイさん)

>「今も昔もたくさんある」
>これでは何の基準にもなっていないし、その「認識と事実の一致しない一例として、イラクの例を問題ないと言い切る人が大勢居居る。それだけになってしまいますね、というわけです。

ごまかしてはダメですよ。
「イラクの殺人を問題ないとするような反対の結論を導き出して」いないことなど、まともに読解力のある人ならわかるんですよ。
貴方にはわからないということを暴露しただけですよ(笑)
大いに問題だということはすでに言っているのですから、そんなこと言わなくちゃ分からない貴方の方が文章読解力がないんですよ。ご自分の文章の間違いを素直に認めなさい!

>>>私はあの段階では具体的な問題点は挙げられなかったと思っています

>と言われている。問題点をあげられない(=問題を感じない)ムイシュキンさんに問題があると言ったのですね。

>でしたら貴方はどういう問題点があったとお考えでしょうか。具体的にお答えください。

貴方の問題点については寸評1に書きましょう。

>それと、この一点
>つまり、「賛同する人が多いことが考えの真偽、正否になりうるのか」ということです。
>これもまた推測になりますが「それだけ」という語それ自体に「真偽も正否も問えない」という意味合いを含んでいた可能性があります。

「真偽も正否も問えない」というようなことではなくて、真偽を問題にしないということでしょうね。

>私の現在の立場そのものは4と5に記述してあるのですが、そちらについても何かお願いできますか?

や〜だ(笑)!!
言葉を操作しただけのものに何か書けとでも?
Posted by azamiko at 2005年05月18日 01:50
少しずつみていきます。

>>単に言葉を操作しただけです。

殺人や道徳ということを議論している時に、こんなことが通用するとでも思っているのですか?
貴方の書かれたもので「単に言葉を操作しただけ」でないものが一体どれだけあるというんです!?

あの言葉の操作が何であったのかの説明は別エントリに譲るとして、ここでミスリードをしようとしていますね。『「単に言葉を操作しただけ」でないものが一体どれだけあるというんです!?』といいつつ証明をせずに

>もちろん、貴方からみれば不思議はないでしょうね。
貴方のは言葉の操作なんですから(笑)
内容の真偽ではない。

全て言葉の操作であるというようにミスリードしたわけです。「私の記述が全て言葉の操作でしかなく、貴方の発言は真偽を問うものである」ことの証明。その差異がどのように記述に現れているのか示さないと主観で決め付けるとかレッテル貼りをするという範囲を出ません。

それと
>>でしたら貴方はどういう問題点があったとお考えでしょうか。具体的にお答えください。

>貴方の問題点については寸評1に書きましょう。

ちょっと説明が足りませんでしたね。私が問うたのは私の問題点などではなく、あの時点で問題があると感じた貴方が、その問題を具体的に記述できますか?ということです。そこで具体的に挙げられないなら「問題がある」というのもまた主観で決め付けたことになってしまいますよ、と申し上げているわけです。

>「イラクの殺人を問題ないとするような反対の結論を導き出して」いないことなど、まともに読解力のある人ならわかるんですよ。

反対の結論になる可能性は寸評4に提示してあります。あの問題をクリアしない限りどうにもなりますまい。これまで枝葉の議論に少々長めに応じてまいりましたが、そろそろ主題についての私の意見である4と5にお答えいただきたい
Posted by Мышкин at 2005年05月18日 18:21
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