2005年06月11日

全ての偽装は許されざることであるのか

今回は、言論の自由というよりは表現の自由についての問題である。あらゆる表現は自分の署名を要求するだろうか。匿名でも構わないのではないのか。いや、それどころか…他人の署名をすることはどこまで罪であるのか、ということについて考えたい。

フェルメールという画家が居た。歴史に残る天才画家である。

そのフェルメールの絵を旧ナチスドイツに売却したとして、ファン・メーヘレンという画商が告発された。しかし裁判のなかでメーヘレンはそのフェルメール作品はメーヘレン自身の手による贋作であると告白する。そして、新たに「フェルメールの」作品を作ってみせることで、それまでの贋作も自らの作品であると証明してみせたというのである。

さて、メーヘレンの罪はどのように問われるのだろうか。フェルメールの作品でないものをフェルメールのものとして売却したことは罪だろう。しかし…偽の署名をして作品を作ったことそのものまでも重罪として問われるべきものだろうか。そしてなにより、フェルメールのものでないとして、果たしてどれだけメーヘレンの作品の価値は下がるのだろうか。
posted by князь Мышкин at 00:30| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | トラックバック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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