2005年07月09日

軍需産業は

軍需産業の都合で、マッチポンプ的に戦争の火種を自ら投下し、それに自ら応じる形で戦争するという発想があるようなのである。しかし、これが陰謀論でないためにはかなり多くの障害を越えなければならないのではないかと思われるのである。


ある産業の発展が、結果として別の産業の衰退に繋がる可能性は常にあるだろう。インターネットの発展は、結果として郵便の消費量を下げた。これは最も典型的な例である、同じような役目を果たす別の産業に置き換わるというものだろう。

しかし必ずしも単純に置き換わるとは限らず、例えばCDの売り上げなどはここ数年減少傾向にあるが、ではその分の消費はどこへむかっているかというと、どうやら携帯電話の通話料はぞうかしてきていたらしい。(それも最近はメールの利用により、またその定額化により減少しているようなのだが)

さて、ここでよく考えて欲しい。我々の全体としての生産力は、ある時点では一定である。であるから、当然のように消費できる総量は、その生産力と一致する(クレジットカードのように支払い時期をずらすことは国家レベルでもあろうが、踏み倒さない限り生産力と一致することに変わりない)

ならば当然のように、軍事費に消費を振り分ければ、その分どこかの消費が減少せざるを得ないはずである。一見、戦車はミサイルは高額で、それが大量に売れれば儲かっているようだが、そこで考えねばならない。「その金をどうやって工面するのか」と。

しかもその軍事費。戦時には必要経費であるが、戦時以外は単なる浪費である。さまざまな産業に従事する人はそれぞれに生産し、その生産と引き換えの金で消費するというサイクルがあるが、軍人も軍事費も、基本的に何も生産していない。これは単純に考えてしまうと全額浪費そのものである。

もっとも、では軍事は不要であると結論されるかというとそうではない。よく「有事」というが、軍備力がなければ有事に大打撃を受ける羽目になる。そういう意味で軍事費とは「有事に対する保険」なのだと言えようか。我々が支払う諸々の保険は、それ自体は何も生んでいないが、何らかの問題が発生したときの為に、リスクを分散する効果はあろう。これは軍事で考えるのがむしろ判りやすいかもしれない。軍事費を0にすれば確かに平時の節約にはなる。しかし、有事における軍備が不十分であるということは、限界値を越えかねないという問題を生ずる。例えば軍事費を年間10ポイントずつ、10年で100ポイント支払うとする。仮にこれを節約して0にしたとする。そんな中で有事に一度に50ポイント支払う羽目になったらどうだろう。一見、50ポイント分得をしているように思われるが、一概にそうとは言えない。その国家が一年に支払える限界を超えてしまっている可能性があるのだ。

保険とはこういった破滅的な、限界を超えた支払いというリスクを回避するために普段から生産性の乏しい支払いというデメリットを甘んじて受けるという作業であると思われる。そして、軍事もその保険の一種に属すると思われるのだ。

平たく言えば軍事費とは、個人が支払う保険料とあまり変わりない。必要十分な最適ラインを見極め、それ以上払うという無駄も、それ以下にして結果としてリスクマネジメントに失敗する危険も回避しなければならない。

この限りにおいて、マッチポンプ的に相手に仕掛けさせ、あるいはもっとダイレクトに難癖をつけて戦争を仕掛ける事が結果として軍事費を増大させても、それは別の何らかの消費を犠牲にして浪費しているだけということになる。

戦争を裏で操る軍産複合企業は、デス種の世界にお帰りいただきたい。

但し、軍事費を増大させたり、軍需産業を拡張する意味が全く無いとこれだけで結論するわけにもいかないので、それについては次回以降。
posted by князь Мышкин at 01:23| ドバイ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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