2005年08月29日

個別のネット右翼

まずは仮に、ネット右翼がサイバーカスケードの1集団として成立していると仮定してみる。

この場合、まずは説明をしなければならない。なぜコメントスクラム(笑)なるものが成立するほどに左翼との比率が偏るのかということをである。この説明如何によっては「左翼思想は多くの人には支持されないような、嗜好として好まれないか、理論として不合理であるかといった理由がある」ということになってしまう。しかしこの結論はおかしい。右翼思想も左翼思想もその内容を細かくは規定してないし、それゆえ簡単に優劣が決するようなものでもない。つまりは、ネット右翼というカテゴリーは、通常の左系ブログにおける集団に比べ、規定する項目が少ないか、あるいは複数の集団が同時に一箇所に集中する状態を意味するという見込みが高くなる。

本来関心の薄い政治系のブログである。人数の少なさから、簡単には炎上しない。批判者も、擁護者も、どちらも少なくまたその解釈の難しさからどちらか一方が他方を質的にも量的にも圧倒するタイミングは滅多に起こらない。ネット右翼は、炎上させるほどの(このジャンルにしては)巨大すぎるカスケードになってしまうのである。

ネット右翼は複数のカスケードの複合体である、という意見は認められない。互いの意見をすりあわせ、交流することが可能になるならサイバーカスケードの問題の半分はクリアされてしまっているのである。

そして…炎上現場へと繰り出すという活動方針も、サイバーカスケードの問題点からは遠い。本来サイバーカスケードはその性質上狭量で閉鎖的になるからこそ問題なはずである。自分の望む厳密な条件に見合う相手以外は無視するか、排除しようとするはずである。そして、馴れ合える自分のカスケードから、他所を見なくなってゆくはずである。しかし、ネット右翼なる存在はわざわざ自分たちと異なる意見へ積極的にアプローチしてゆく。論争を実行するということは、無視することとも、排除することとも違う。

またこうしたサイバーカスケードへの対策のひとつとして、極端な意見の持ち主同士がかたよることのないように、「対立する意見のホームページを必ずリンクすること」という「マスト・キャリー・ルール」を提案している

結果としてこの対策を積極的に行使しているのと同じである。

様々な点から、ネット右翼というカテゴリーはサイバーカスケードの1集団とは異なる枠組みであると考えられる。「小倉氏のところに居るネット右翼は小さい集団だ」という指摘があるが、ネット右翼とカテゴライズされる人々のうち、現在参加しているのは一部にすぎない。(仮に、あの程度の人数がネット右翼の総体だとするなら、何の脅威にもなるまい)かつてはもっと大勢加わっていたし、また各炎上現場に常に一様のネット右翼が現れるとは限らない。ネット右翼と称される人は、各人の判断でその都度どの論争に、どの陣営で参加するのか決定しているのである。各人が各人の判断で論争に参加するのがネット右翼の成員であると言えよう。ゆえに、同一の炎上に大量のネット右翼が加わるとしても、それはあくまで「ネット右翼現象」と呼べる程度のもので、参加する各人はあくまで個別のネット右翼であり続ける。
posted by князь Мышкин at 00:44| バンクーバー ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 匿名ネットワーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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