2005年09月03日

私の敵は手を組む

意味不明な敵対者ラベリングをしてしまう場合を考えてみたい。

私の敵はみな手を組む、という妄想を前提として敵対者どうしを勝手に関係付けるような発言が時折見られる。ネット右翼もそういった語の一つと思われる。積極的右翼言説(そもそも、左翼―右翼の対立関係自体古臭いということを失念していると思われる)をとるのではなく、単にある左翼言説に反対している、というだけであるが、その反対理由は様々なはずである。しかしながらそれらを単一の集団と見なし「ネット右翼」と呼称するのには無理がある。まして「プロ奴隷」など愚の骨頂である。自分たちと対立するような市民運動という可能性が完全に想定外になっている。

こういう場合、相手がどういった理由で反対しているのか考えねばならないはずなのだが、正しい私に対立する相手は間違った相手、というところで思考が停止している場合が少なくないのではなかろうか。仮に相手を間違いと前提するにせよ、それでも間違い方は一つではないはずであるから、相手の立場や理由を考える手続きは省略できるものではないだろう。

posted by князь Мышкин at 00:36| バンクーバー ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ネタ雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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