2005年09月14日

今日の観察

小倉氏のコメントをみて

>小倉氏

ネタとか厭味とかで仰っているんですよね?推測になりますが、「宿題」と称している人、あるいは私は論を放置した的な発言をしましたが、それは何か要求しようという意図があってのことではありません。

ただ、http://ised.glocom.jp/ised/07110514
にて「なかなか質の高い言論」「コメント欄を閉じてしまうと、ブログで発表する意味がこれはこれでなくなってしまう」と言っている方が、同じ口で言う台詞か?と思われている可能性は否定できません。

コメント欄の運用も色々あって
「単に意見を載せておくだけ」
「当該エントリをネタに、話し合いの場を提供する」
「話し合いに、ブログ主自身も参加する」

大きくこれらに分けられると思うのです。1でも2でもいいのですが、小倉氏はあたかも3を提唱しているかのようで、しかし一方で批判的コメントを一括してコメントスクラム(c)と言っている。しかもコメントする側が間違いであるという論拠は専ら「匿名であるから」その上「匿名の個人が無理だといっているだけでそれを信じてしまうというのはどうしたものかなあという気はします。」という。つまり小倉氏の立場からすると匿名であるというだけで発言の説得力は激減する(はず)なわけです。しかし一方でその瑣末な説得力しかない発言の集合であるはずのコメントスクラムで実名でのブログ運営ができなくなる、という。おかしいですね。

この意見自体、有名人が晒される状況を想定していないような気がします。典型例はアイドルのファンレター、ということになりますが、人前で何らかの情報を発信し、そしてその相手からの意見を受け取れる立場の人からすれば罵詈雑言が流れ込むのはごく自然なことであり、それらを聞き流すリテラシーを有さなければやっていけないようなきがします。


と、書き込もうかと思ったが、やめた。
posted by князь Мышкин at 00:05| バンクーバー ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 匿名ネットワーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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