2005年10月08日

今日の観察

結局のところ、「日本人であることを誇りに思う」人達は、他人が成し遂げた成果を利用して自尊心を保っているにすぎないのだなあというのが、沢山のコメントをいただいた感想です。


はて…?

少なくとも私は誇りに思う事に具体的な理由など不要であると要約できるような主張をしたつもりであったが…どうやら小倉氏の目には全く留まらなかったらしい。

しかしではどうしてこんな返しになったのか?少し思ったのはその後の部分
そういう意味で金田さんの質問に答えるとするならば、私は、「○○であること」を誇りに思うことも恥だと思うこともないということになります。


あるいは金田氏のコメントにたいする返答としては、上記のようなものになるのかもしれない。しかし、他の人が金田氏と同じようなコメントをしているというわけではないはずである(既に同様の批判がコメント欄に寄せられており、どうやらエントリに違和感を感じたのは私だけではないようである)。

まさかとは思うが、全体を眺めて、なんとなく多かったコメントを多数派であると考えたりしてはいまいか?確かにコメント数だけ見れば金田氏のコメントが多く、仮に全員が名前を伏せていればそれが多数のコメントのマジョリティであるかのように錯覚しうるが、ハンドルとはいえ一応識別するための記号は付けてある。コメント量がいかに多かろうと一人のコメントは一つとみなせば、あのようなエントリには繋がりにくいと思うのだが…
posted by князь Мышкин at 02:08| バンクーバー ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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